ラジオ関西 森脇健児の遊・わ〜く・ウィークリー


南三陸町レポート

 

2012年2月11日(土)、12日(日)の2日間、KYOHEY君が福島県・宮城県の被災地を訪れました。
震災からまもなく1年、KYOHEY君が訪れた地で耳にした事、目にした事を撮影した写真と共にレポートしています。

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まず最初に訪れたのはラジオ福島のスタジオです。震災以降の現地のこれまでの復興状況や、住民の皆さんの心境の変化、また今回の被災地訪問にあたっての周辺地域の情報などお伺いしました。
ラジオ福島の人気番組「大和田新のラヂオ長屋」にKYOHEY君が生出演。出発日の金曜日、ラジオ関西「KYOHEYの届け!ラジオ魂」宛てに寄せられた関西のリスナーからの被災地への想いも伝えさせて頂きました。

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まず最初に訪れたのはラジオ福島のスタジオです。震災以降の現地のこれまでの復興状況や、住民の皆さんの心境の変化、また今回の被災地訪問にあたっての周辺地域の情報などお伺いしました。
ラジオ福島の人気番組「大和田新のラヂオ長屋」にKYOHEY君が生出演。関西を出発した金曜日、ラジオ関西「KYOHEYの届け!ラジオ魂」宛てに寄せられた関西のリスナーからの被災地への想いも伝えさせて頂きました。

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改めて、ラジオ福島編成局長の大和田新さんにインタビューをさせて頂きました。
放射能被害により、福島から他県へ避難せざるを得ない住民たちがいることは仕方のないこと。再び故郷を取り戻そうと取り組む方々の活動の内容や、避難された皆に「また福島に戻りたい」と思ってもらえるような、子供たちが安心して笑顔で遊べる安心な街づくりを目指す教育や活動の重要性を語っていただきました。

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福島第一原子力発電所事故の影響により、村全域で放射線量が年間積算20ミリシーベルトに達する恐れがあるとして「計画的非難区域」に指定された福島県・飯館村。KYOHEY君は飯舘村出身の菅野哲さんにお話を伺いました。
菅野さんも取り組む『愛する飯舘村を還せプロジェクト[負げねど飯舘]』は飯舘村における放射能の被害から村を・住民を・子供たちを守るために村民を中心に、また飯舘村を支援する方たちが共に立ち上がり、飯舘村の現状の被害に立ち向かいながら、支援や情報発信に取り組む団体です。

「負げねど飯舘」がすべての村民に無料配布を実施している「健康生活手帳」は今後、万が一、健康に被害が生じた場合に備えるために自分たちの生活行動を記録していくことは重要であると発行されたもの。地震による家屋損害などの影響は少なかった飯舘村ですが、放射能被害により故郷を離れて生活をせざるを得ない現実がありました。

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菅野さんの同行の元、飯舘村を訪れたKYOHEY君。建物などはそのまま残るものの、店や牧場などは閉鎖状態。村は静けさに包まれていました。菅野さんは毎週末、避難先から飯舘村の自宅に足を運び、線量計による放射線測定を行っています。

菅野さんのご自宅に案内頂き、庭の地面の放射線レベルの測定を放射線計を用いて実際の測定レベルを見せて頂きました。
除染作業を行った地面ですが、まだまだ平均値よりも高いレベルの放射線レベルが検出されました。「いつか故郷に戻れるという希望を抱きながら、離れ離れに生活する村民を繋ぐコミュニケーションや村の情報発信、取り組むことはまだまだたくさん」と語ってくれました。

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南相馬市の沿岸部で実施されている除染作業の様子を視察したKYOHEY君。震災以前にあった建物などは取り壊され、地面に生える植物も取り除かれていました。原発から20km圏内にあたる境界線では24時間厳戒態勢で警備が立てられていました。

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「福島を元気に!」をコンセプトに福岡市内で一般社団法人企業支援ネットワークNICeが主催する現地物産交流会に参加しました。全国から集まった支援団体や一般参加者らが福島の現地農家・食品関連業者との交流を行い、福岡の震災被害にあわれた方々への激励などが行われました。

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愛する飯舘村を還せプロジェクト「負げねど飯舘」から、避難により離れ離れとなった村民たちへの情報共有、また飯舘村の現状を全国に発信するために発行されている『負げねど飯舘!!発行かわら版』を編集する渡辺富士男さんにインタビューを行いました。「もしかすると明日、村に戻れるようになるのかもという想いから避難している村民たちは、避難の際に家のものをそのまま置いてきている。避難先での生活は100円均一のもので代用している」という故郷の復興を願う村民の気持ちを語って頂きました。

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連帯ユニオン東日本大震災対策センター 三嶋利昭さんの案内の元、南三陸町を訪れました。KYOHEY君が訪れるのは8月以来の約半年ぶり。ボランティアによる瓦礫の撤去作業が進んでいましたが、まだまだ厳しい現状が残る中、積雪によりボランティア作業も午前中で中断されたりもする日もあるなど、気候による進まぬ作業の現実もありました。

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南三陸町の第1号「共同食堂」に訪れました。現地の住民やボランティアチームのコミュニティー 地点として多くの方が利用されていました。 過去に「KYOHEYの届け!ラジオ魂」にも電話出演頂き、現地復興支援また共同食堂の運営に携わる内田智貴さんや、 東京大学OBによるボランティア団体の皆さん、現地取材カメラマンの皆さんに取材を行い、被災地復興に 向けた想いをお伺いしました。

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KYOHEY君が訪れた2月12日には、25日の仮設商店街「南三陸志津川復興名店街」が開店に向けて、着々と準備が進められていました。地元業者により営まれる仮設商店街では震災以降、お店を失った方々の職の確保や、コンビニ以外の買い物が出来る場所として利用されていきます。 飲食店や鮮魚店、菓子店、電器店など計30店舗が並びます。

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KYOHEY君が8月に南三陸町を訪れた時に出会った「松野や」の松野三枝子さんにも再会。震災当日、入院されていた松野さんは病院の屋上に避難できたことで一命を取り留めたそうです。今後は被災者の心のケアなどを中心とした活動として共同食堂「農漁家れすとらん」の構想を語って頂きました。連帯ユニオン東日本大震災対策センター 三嶋さんへのインタビューでは、南三陸町に訪れてからの被災地の状況の変化や、今後仮設住宅に暮らす人々の心のケアへの取り組みなどの熱い想いを語って頂きました。

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